道面雅量
中国新聞記者
働く人と、働く牛との間に生まれた文化、芸術、美が確かにあった。中国山地に分け入ってその証しを立てる本作は、私たちの社会が今しばらくまともであるために必要な、「労働への敬意」を呼び覚ます。
働く人と、働く牛との間に生まれた文化、芸術、美が確かにあった。中国山地に分け入ってその証しを立てる本作は、私たちの社会が今しばらくまともであるために必要な、「労働への敬意」を呼び覚ます。
やまもとのりこ
ライター
かつて中国山地で行われていた「牛市」を知る古老たちの言葉から、当時の様子が生き生きと伝わります。今はもう鬼籍に入られた方々が語る「牛市」。よくぞこの貴重な証言を残してくださったと、感謝の念に堪えません。
かつて中国山地で行われていた「牛市」を知る古老たちの言葉から、当時の様子が生き生きと伝わります。今はもう鬼籍に入られた方々が語る「牛市」。よくぞこの貴重な証言を残してくださったと、感謝の念に堪えません。また、私が特に感動したのは、牛ふんに草や藁をまぜて寝かせて作った堆肥を、田の土の上に撒くシーンです。立った目の高さだったカメラがどんどん土に近づいていき、土と同じ高さになります。思わず、機材に堆肥がかかるのではと心配にもなりましたが、牛の糞が土になり、肥えた田となり、豊かな実りになる、その循環に見ている自分も引き込まれていくようでした。もう一ヶ所、出てきた記録映像にとても驚きました。広島に原爆が落とされた後、道路を牛や馬が荷車を引いて行き交っている映像です。私は広島市で生まれ育ちました。その広島の復興を牛たちも支えてくれていたのだ!と知ると、牛馬への感謝が観念的なものから、今まさにその地に立っている自分自身に直につながる恩として実感されました。
金谷匡人
山口みんぞくの会
143 分の貴重な記録映画となった。淡々と牛市や博労、牛の肥育者の足跡をたどり、話を聞き、人が語り、芸能を映像におとす手法は民映研の伝統そのものだ。
143 分の貴重な記録映画となった。淡々と牛市や博労、牛の肥育者の足跡をたどり、話を聞き、人が語り、芸能を映像におとす手法は民映研の伝統そのものだ。山口県に関わることはほとんど出てこなかったが、玖珂の博労さんの名前が出てきたのでその商圏というかネットワークのもとにあったことは確かだろう。ただし山口県側の調査の蓄積がないので、詳細はほとんどわからない。すでに牛を使った農業の記憶は私にはないが、実家の 2 軒隣の家が肥育をやっていたので牛は身近だった。この映像にもあったが、子牛を親から離したり、親を廃牛にしてトラックに乗せて送り出すときの様子は子供心に印象が強い。近くで遊んでいた子供たちはみんなその牛のことを知っているので、神妙に見た。牛は乗るのを嫌がり、何度か綱を振り切って逃走した。我々も慣れたもので、そのような時に逃げ込む、家と家の狭い隙間を知っていて、牛が走り出すとすぐさまそこに逃げ込んだ。とうとうトラックに乗せられて行く時の鳴き声は、子供心に哀愁を感じたものだった。そしてそのトラックの行く先は、今日の映像に出てくる出羽や神石高原ではなく、三次、ないし廃牛の場合は、おそらく屠殺場だった。私はこの映画に少なからぬノスタルジーをもって接したが、会場には若い方も多かった。その方たちの感想や意見もぜひ聞いてみたい。多くの人が広くこの記録映画に接する機会がもてたらいいと思う。機械が農業をやる時代になって久しいが、機械は糞(肥料)を作らない。すなわち循環を生み出さない。すでに循環の輪は切れてしまっているのだが、あらためてそのようなことを思った。もうひとつ。上映後のステージあいさつで、青原監督が牛をめぐる民俗の地域性について浄土真宗との関係で語られた。重要な視点だと思う。ありがとうございました。
ねっこかなこ
画家・島根県安来市在住
むかしの面影を残す牛馬市は今はもう姿を消してしまったにも関わらず、その当時を生きた方々の記憶と土地どちに残された記録をよく編み上げておられ、なんだか昔の博労さんたちの熱気が伝わってくるようで胸がわくわくしました。デジタル化の進む世の中ですが、忘れずに居たい人と牛の繋がりといとなみが垣間見れました。あったかくって切なくもあり胸がほくほくしました。
むかしの面影を残す牛馬市は今はもう姿を消してしまったにも関わらず、その当時を生きた方々の記憶と土地どちに残された記録をよく編み上げておられ、なんだか昔の博労さんたちの熱気が伝わってくるようで胸がわくわくしました。デジタル化の進む世の中ですが、忘れずに居たい人と牛の繋がりといとなみが垣間見れました。あったかくって切なくもあり胸がほくほくしました。
為政久雄
亀山公民館
牛と人が共に生きていた時代のいのちの讃歌。花田植という民俗芸能が生まれた原点を知ることができて、有意義な時間でした。博労や牛馬市を知人たちの言葉は、まるでその時を待っていたかのような奇跡の記録ですね。まさに「心の燠」を燃やし尽くすみたいに。
牛と人が共に生きていた時代のいのちの讃歌。花田植という民俗芸能が生まれた原点を知ることができて、有意義な時間でした。博労や牛馬市を知人たちの言葉は、まるでその時を待っていたかのような奇跡の記録ですね。まさに「心の燠」を燃やし尽くすみたいに。子牛が誕生するシーンは引き込まれるように見入ってしまいました。牛と共に生きた人たちとの生命の輪廻さえ感じました。
大槻オサム
役者・身体表現パフォーマー
機械化されるまでは、農耕に欠かせない存在だった牛と牛とともにあった人の暮らし。牛の売買に携わった博労のネットワーク、牛をめぐる信仰の広がり。ここでもまた「生類の思想」につながる自然との共生、循環型社会。故郷に近くよく行く機会があって何度も目にしていた大山寺の牛の像が、どういう経緯で誰が作ったのかもこの映画で初めて知りました!毎度面白い青原映画ですが、今作も傑作です。
機械化されるまでは、農耕に欠かせない存在だった牛と牛とともにあった人の暮らし。牛の売買に携わった博労のネットワーク、牛をめぐる信仰の広がり。ここでもまた「生類の思想」につながる自然との共生、循環型社会。故郷に近くよく行く機会があって何度も目にしていた大山寺の牛の像が、どういう経緯で誰が作ったのかもこの映画で初めて知りました!毎度面白い青原映画ですが、今作も傑作です。
上村崇
福山平成大学福祉健康学部教授
土徳、茅葺、竹皮――人々の営みが幾重にも積み重なる様を丹念に記録してきた青原さとしが、今作でテーマに据えたのは「牛と人」である。茅葺や竹皮は語らない。だが、画面の中で牛はモーモーと鳴く。予測不能に動き、そして、どうしようもなくカワイイ。
土徳、茅葺、竹皮――人々の営みが幾重にも積み重なる様を丹念に記録してきた青原さとしが、今作でテーマに据えたのは「牛と人」である。茅葺や竹皮は語らない。だが、画面の中で牛はモーモーと鳴く。予測不能に動き、そして、どうしようもなくカワイイ。牛について語るおじいちゃんも、おばあちゃんも実に楽しそうで嬉しそうだ。ワーワーと喋り続けるその姿は、失われた地域の活気を取り戻していくかのようでもある。地域交流の場であった牛市、現代の街コンを思わせる異性との出会いの場でもあった花田植え。そうした人と牛の営みを、悠然と大山が見守る。人々はその大山に、牛の健康と安寧を祈願する。映画は、かつての中国山地を行き交う人々の時間を、牛の歩みの速度でゆったりと追体験させ、やがて観る者を牛として生まれ変わらせるかのような感覚へと導いていく。これほど楽しく、愉快で、そしてダイナミックな民俗映画があっただろうか。青原さとし作品群のなかでも、最もポップな作品の誕生である。
加藤尚子
広島市文化財団
映画に出てくる牛さんに大感謝!生きた牛さんに会うことなく暮らしてますが、こんなに人と牛の関りながら暮らしているということをこの映画を見るまで知りませんでした。牛さんと人の歴史を掘り起こし映画にしてくれた青原監督に大感謝です!丁寧に記録することの大切さ、身にしみました。
映画に出てくる牛さんに大感謝!生きた牛さんに会うことなく暮らしてますが、こんなに人と牛の関りながら暮らしているということをこの映画を見るまで知りませんでした。牛さんと人の歴史を掘り起こし映画にしてくれた青原監督に大感謝です!丁寧に記録することの大切さ、身にしみました。
藤井尚子
フリーアナウンサー
新庄学園に6年通った青春時代。見慣れた中国山地の風景に、牛と人の情愛に満ちた物語として瑞々しく立ち上がります。地元バンドや囃子の音色が繋ぐ今と昔。監督が足かけ5年、慈しむように紡いだ命の記録は、未来の子らへの宝物です
新庄学園に6年通った青春時代。見慣れた中国山地の風景に、牛と人の情愛に満ちた物語として瑞々しく立ち上がります。地元バンドや囃子の音色が繋ぐ今と昔。監督が足かけ5年、慈しむように紡いだ命の記録は、未来の子らへの宝物です
匿名
中国地方を舞台に牛と人の1400年の営みをそのまま記録した壮大な映画でした。家畜を食べてはいけないという600年代からの歴史から田植に使われその後食肉として人と共存していく。壬生の花田植は知っていたがここまでの歴史背景を知ると、より味わい深く見られそうだ。それにしてもよくぞあれだけの集落をかけめぐり映像に収めたものだと思います。ラストシーンでは監督の牛への愛を感じた。
中国地方を舞台に牛と人の1400年の営みをそのまま記録した壮大な映画でした。家畜を食べてはいけないという600年代からの歴史から田植に使われその後食肉として人と共存していく。壬生の花田植は知っていたがここまでの歴史背景を知ると、より味わい深く見られそうだ。それにしてもよくぞあれだけの集落をかけめぐり映像に収めたものだと思います。ラストシーンでは監督の牛への愛を感じた。
匿名
牛肉はもちろん、私は農家で畑に牛ふん堆肥を使いますが、その堆肥にも生命んも力強さ、尊さがつまっている実感しました。ほんのつい最近まで我々の生活に密着し常に共にいた牛たちのこと、今はとても愛おしく感じます。映画の制作、大変、お疲れさまでした。上映ありがとうございました。
牛肉はもちろん、私は農家で畑に牛ふん堆肥を使いますが、その堆肥にも生命んも力強さ、尊さがつまっている実感しました。ほんのつい最近まで我々の生活に密着し常に共にいた牛たちのこと、今はとても愛おしく感じます。映画の制作、大変、お疲れさまでした。上映ありがとうございました。
平木久恵
グリーンブリーズ
すばらしいそして貴重な記録です。今が時代を知る人たちの声がきけるのは最後ですね。農を支えくらしを支えてきた、精度人の都合でなく、牛のそして自然の時とサイクルに合わせて形づくられてきたことがわかりました。人々は感謝を忘れず、自然や生き物への畏敬の念をきちんと持っていたことが心にしみました。今の自分たちのくらしをふり返り、こんな世の中になったのは私たちのごうまんさのせいだと反省しつつ……、ありがとうございました。
すばらしいそして貴重な記録です。今が時代を知る人たちの声がきけるのは最後ですね。農を支えくらしを支えてきた、精度人の都合でなく、牛のそして自然の時とサイクルに合わせて形づくられてきたことがわかりました。人々は感謝を忘れず、自然や生き物への畏敬の念をきちんと持っていたことが心にしみました。今の自分たちのくらしをふり返り、こんな世の中になったのは私たちのごうまんさのせいだと反省しつつ……、ありがとうございました。
福光寛泰
福光酒造
「牛は人に生まれ変わる」という言葉を通し、中国山地で人と牛が共に歩んだ歴史を知ることが出来ました。浄土真宗のお寺「教信坊」の住職である青原監督だからこそ表現できる、命への慈しみと供養の念が映像に深く宿っています。
「牛は人に生まれ変わる」という言葉を通し、中国山地で人と牛が共に歩んだ歴史を知ることが出来ました。浄土真宗のお寺「教信坊」の住職である青原監督だからこそ表現できる、命への慈しみと供養の念が映像に深く宿っています。
児玉典子
「食と農の映画祭」スタッフ
よくぞ5年の歳月をかけて多岐にわたる取材もされて、いつもながら関心しております。映画を観ながら記憶が蘇りました。昭和49年主人の仕事で三次に行き、市役所のアルバイトで働いていた若い女の子の家が牛を飼っていて、別れの時牛も別れが分かり、涙を流したと話していました。また、昭和50年に壬生の花田植えを見に行きました。
よくぞ5年の歳月をかけて多岐にわたる取材もされて、いつもながら関心しております。映画を観ながら記憶が蘇りました。昭和49年主人の仕事で三次に行き、市役所のアルバイトで働いていた若い女の子の家が牛を飼っていて、別れの時牛も別れが分かり、涙を流したと話していました。また、昭和50年に壬生の花田植えを見に行きました。牛と人の深い情 でも生活がある。牛にわらじを履かせるにはビックリしました。それだけでなく、内敷 いかに敬っているか。燠 おき 久しぶりにききました。こんな字をかくのですね。火消し壺 十能を思い出しました。住みよい生活で一変しました。その代償は? 気候変動 環境問題 残された我々はどう考え生きていくのか。BGM なんか古い映像にマッチしてとても良かったです。
馬場洋太
中国新聞編集委員
牛は中国山地の血液だったのだ。牛を介して村と村がつながり、風習や信仰が伝播していく。そのダイナミズムに圧倒される。生活文化の根っこを掘り起こした映像記録は、後世へのかけがえのない贈り物となっている。
牛は中国山地の血液だったのだ。牛を介して村と村がつながり、風習や信仰が伝播していく。そのダイナミズムに圧倒される。生活文化の根っこを掘り起こした映像記録は、後世へのかけがえのない贈り物となっている。
高橋洋恵
「本と自由」アルバイト
県北にいま大きな牛の市場があることは知っていましたが、この映画で、かつてあった牛市、その数や規模、地域での市の在り方など知らなかったことを知ることができました。人と牛、牛と人、県北出身の私でも子どものころに日常で牛を見かけることはなく、それでも記憶の掘り起こしに取り組まれる過程の中で、多くの人が70年も前の様子を鮮明に語られたり、記憶からまた新たな記憶が出てきたり、当時の様子を記録される方が(しかもいきいきと!)出てこられたりする場面はきっとそれぞれ「知っているものを遺したい」という想いをお持ちなのかと思い、目が離せなかったシーンでした。
県北にいま大きな牛の市場があることは知っていましたが、この映画で、かつてあった牛市、その数や規模、地域での市の在り方など知らなかったことを知ることができました。人と牛、牛と人、県北出身の私でも子どものころに日常で牛を見かけることはなく、それでも記憶の掘り起こしに取り組まれる過程の中で、多くの人が70年も前の様子を鮮明に語られたり、記憶からまた新たな記憶が出てきたり、当時の様子を記録される方が(しかもいきいきと!)出てこられたりする場面はきっとそれぞれ「知っているものを遺したい」という想いをお持ちなのかと思い、目が離せなかったシーンでした。全編を通して感じられる人の生活に尽くしてくれた牛に対する慈しみは鑑賞後、静かに残りました。その人の見た、知っていた事実を聞く機会があるうちに伝えておいてもらうこと。わたしも、おそらく子供のころに牛市のことを見ていた父親に聞いてみようと思いました。内容の濃い本を読んでいるような映画でした。ありがとうございました。公開される前に父親も聞いて、また鑑賞させていただきます。
西崎智子
元広島フィルムコミッション
県北に残る古民家で、同じ屋根の下に牛さんの部屋があるのを見れば、家族同様に大切にされていただろうことはすぐに感じ取れる。田を耕し、田を肥し、ともに働いてきたのだ。戦時中に学童疎開先の三次で、「牛の方が大切にされていてショックだった」と話しておられた方がいたが、本作にもあるように「牛は農家にとって宝物」なのだ。しかし、本作で描かれたのは、私がぼんやりと想像していた人と牛の暮らしとは違っていた。
県北に残る古民家で、同じ屋根の下に牛さんの部屋があるのを見れば、家族同様に大切にされていただろうことはすぐに感じ取れる。田を耕し、田を肥し、ともに働いてきたのだ。戦時中に学童疎開先の三次で、「牛の方が大切にされていてショックだった」と話しておられた方がいたが、本作にもあるように「牛は農家にとって宝物」なのだ。しかし、本作で描かれたのは、私がぼんやりと想像していた人と牛の暮らしとは違っていた。売買の対象となった牛をめぐり、人と牛のつながり、その文化と歴史、速度信仰――多くを学ばせていただいたことに感謝したい。中でも印象に残ったのは、牛さんたちが、直接身に着けるもの―――。何10kmもの道を歩かせるのだから、と履かせた藁靴。牛馬市へと進む藁靴姿の牛の列が描かれた画にとどまらず、藁靴が再現された映像はあまりに貴重だった。もう一つは、鼻ぐり。病死や屠殺後、人に尽くし一生を終える牛への感謝を込め供養するため、岡山の神社へと奉納された鼻ぐりの画は圧巻だった。牛と暮らす人々の牛たちへの優しさが、随所から感じられるとともに、人としてあるべき姿を見せていただけたと思う。街で暮らす私たちは、本作に接することからでも、人のために尽くす動物たちの姿を想像する力を得なければならない。のどかな中国山地の暮らしへの戦争の影響。かつて中国山地を行き来した牛たちが、宇品の陸軍糧秣支廠へと歩を進めなければならなかったことや、焼け野原の広島で活躍する牛の映像をも発掘してきていたのは、さすが青原さん、すごいと思った。
平尾直政
元中国放送映像記者
映像は今を記録し、過去を未来に残す。この映画は牛を通して人の営みを見つめ、生と命を描いている。牛と馬喰と牛馬市。そして消えゆく中国山地の文化。ぜひこの作品は多くの人に見てほしい。空間心に留めてほしい。私たちが忘れかけている「何か」に気づかせてくれるだろう。
映像は今を記録し、過去を未来に残す。この映画は牛を通して人の営みを見つめ、生と命を描いている。牛と馬喰と牛馬市。そして消えゆく中国山地の文化。ぜひこの作品は多くの人に見てほしい。空間心に留めてほしい。私たちが忘れかけている「何か」に気づかせてくれるだろう。
東琢磨
全身アマチュア・パートタイム批評家
私の母方の祖母は神石の生まれで、伯父のひとりは牛に関わる仕事をしていた。青原監督が、牛と人の関わりを中国山地に探るドキュメンタリーをつくっているとは聞いていたが、たまたま訪れたことがある、島根県邑南から兵庫県養父にいたる地図が映し出され、わくわくと見始めた。物流や芸能の社会史として始まり、マルチスピーシーズな人類学や動物の権利へ。
私の母方の祖母は神石の生まれで、伯父のひとりは牛に関わる仕事をしていた。青原監督が、牛と人の関わりを中国山地に探るドキュメンタリーをつくっているとは聞いていたが、たまたま訪れたことがある、島根県邑南から兵庫県養父にいたる地図が映し出され、わくわくと見始めた。物流や芸能の社会史として始まり、マルチスピーシーズな人類学や動物の権利へ。狭いようで広大な中国山地は、信仰の謎へとも向かい、ローカルな民俗と生きものの記録は、いつしかグローバルな問いへと同期していく。生きること、命とはなんだろうか。いろいろな問いを胸に抱える人たちに広く見てほしい稀有な記録だ。